
出演女優 天馬ゆい
監督坂田徹
収録時間本編85分 メイキング5分
DVDリリース日2026/03/13
ストーリー
凛として咲く鋼鉄の華、ビーストイエローこと木崎リンカ。その戦闘美学は質実剛健を地で行き、研ぎ澄まされた頭脳と気丈な精神で悪のアシュラ団を蹂躙してきた。彼女の容赦ない高飛車な怪人討伐行為は、やがて深き怨念を生み出す。アシュラ団はついに、彼女の戦術を完全に解析し、急所を衝く無敵の怪人ビーストキラーを誕生させた。ビーストイエローの攻撃を完璧に封じる技、計算尽くされた反撃!ビーストイエロー・リンカは特殊スーツを破壊され苦渋の敗北を喫する。土埃にまみれて跪くその姿は、一見して羞恥にへたり切ったように見えた。低く垂れた頭、震える声で縋るビーストイエローの土下座。しかし、その俯いた顔の奥で、燃えるような復讐の炎は消えていなかった。敗者の仮面を纏いながら、リンカの魂は脱却のチャンスを狙っていた。だが、そのビーストイエローの思考は完全に幹部に読まれていた。ビーストイエローの肉体を鞭で滅多打ちにし性的な責めで理性を崩壊しはじめる。淫語を連発し潮を噴き高飛車ビーストイエローは壊れてしまう…。[BAD END]
監督コメント
悪役の美学と英雄の矜持!天馬ゆいサンが『ビーストレンジャー』で昇華した二面性の演技!従来、悪女や複雑な陰影を持つ悪役を演じることで高い評価を得てきた天馬ゆいサン。彼女の持ち味は、単なる「悪」の表象ではなく、そこに潜む人間的な葛藤や、時に不気味なほどの説得力を持つ心理描写にある。だからこそ、今回『ビーストレンジャー』でヒロインであるビーストイエロー/木崎リンカを演じるというキャスティングは、一見すると意外に映ったかもしれない。しかし、蓋を開けてみれば、これはまさに卓抜な布陣であった。天馬ゆいサンという女優の内に潜む「悪の理解者」としての資質が、この「正義の戦士」に他にはない深みと説得力、そして危ういほどの魅力を吹き込んだのである。ビーストイエローこと木崎リンカは、文字通り「質実剛健」を体現するリーダーである。清楚な佇まいと明晰な頭脳を併せ持ち、悪の組織・アシュラ団に対しては一切の曖昧さを許さない高飛車な態度を貫く。この、一見すると単純明快な「正義のヒロイン」像を、天馬ゆいサンは彼女ならではの方法で解釈し、血肉化している。まず特筆すべきは、その身体的表現力である。ビーストイエローの戦隊衣装は、天馬ゆいの健康的に鍛え上げられ、女性らしい豊かさと強靭さを兼ね備えた見事なスタイルをまさに引き立たせるデザインであった。しかし、それは単なる「見栄え」の良さに留まらない。彼女が怪人を前に繰り出す力強く颯爽としたアクションは、その肉体からにじみ出る確かな存在感に支えられており、高飛車とも言える台詞の数々に、単なるお嬢様的な尊大さではなく、鍛え抜かれた者だけが持つ揺るぎない自信と矜持を宿していた。これは、悪役で培った、身体を使った表現の確かさがなければ成し得ない境地である。そして、最も天馬ゆいサンの本領が発揮されたのは、物語中盤、最強の怪人ビーストキラーに完敗し、土下座して命乞いするという敗北のシチュエーションであろう。表面では敗北を認め、震える声で許しを請うながらも、カメラが捉えるその瞳の奥には、消えることのない復讐の炎が静かに燃え続けている。この「表面上の屈服」と「内面の不屈」を見事に演じ分ける演技は、まさに「悪女」を演じてきた者だからこそ可能な、表と裏の二重性を見事に表現したものと言える。彼女は「清楚なヒロイン」が挫折する様を演じつつ、同時に、その挫折さえも戦略のうちに取り込む「したたかな戦士」の本質を覗かせた。このように、天馬ゆいサンが演じるビーストイエローは、従来の戦隊ヒロインの枠組みを超えている。それは、正義を掲げながらも、その内側に「悪を理解する知性」と「敗北すら糧とするしたたかさ」を秘めた、極めて現代的なヒーロー像なのである。彼女の「高飛車な態度」は、単純な正義の押し付けではなく、悪の本質を見極めた上での、ある種の哲学的とも言える断絶と拒絶の表明として深みを帯びる。「清楚で気丈なヒロイン」という表の顔と、「復讐の炎を静かに燃やすしたたかな戦士」という裏の顔。この二面性が見事に融合し、時に危ういほどに交錯する点こそ、この作品の最大の魅力であり、それは悪役も善役も等しくその本質から描き出す天馬ゆいという演技派女優によって初めて達成された至高の表現なのである。彼女の過去の役柄のイメージを知る者ほど、このビーストイエローの中に感じる「可愛らしさの裏に潜む悪女的なカンの良さ、したたかさ」に、より一層の味わいと深みを感じずにはいられないだろう。『ビーストレンジャー』は、ヒーローもののエンターテインメントとしての痛快さを存分に楽しめる作品であると同時に、天馬ゆいという一人の女優の演技の奥行きと可能性をまざまざと見せつける、ある意味で「女優論」としても楽しめる作品に昇華している。ハードに痛めつけられながら性的に陥落されながらみせ潮を噴きまくる、彼女の理性崩壊の性的エロ演技が織りなすこの深層のドラマを、ぜひ多くの方にご覧いただきたい。